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本の入ったダンボールは重い(ほんのひとこと)

 最初の本を刊行してから、35年になる。編集、制作、販売という仕事そのものに変わりはないが、あり方は、まったく変わってしまった。


 著者、訳者からいただく原稿は、いつの頃からか、手書き原稿はなくなり、ワープロによるテキスト原稿になった。それも、最初は5インチのフロッピーディスクだったのが、小さくなり、さらにUSBになり、あっという間に、メールの添付ファイルやファイル便などになった。校正の赤字は、プリントアウトに手書きで入れてもらうのがいまだ主流であるが、PDFでの校正も多くなってきており、著者や訳者が海外におられる場合は、大変便利になった。


 制作も、活字による組版から、写植の組版に、そしてDTPになった。印刷も、活版印刷から、オフセット印刷へ、さらにフィルムなしのダイレクト印刷となった。こうした技術的な変化によって、制作原価は下がった。


 書籍の流通についても、書店さんから、手書きの短冊が取次にいき、そこで手作業での仕分けをし、それが版元に届けられて出荷。取次は手作業で、仕分けをして、書店さんごとに用意されているダンボール箱などに入れ、出荷、というものだった。これも、短冊がコンピュータ打ち出しのものになり、さらに、本にバーコードがついて、MS2(マルチスーパー2)などの自動仕分けで、本がベルトコンベアにのって書店さんごとに、分けられるようになっていくなど、手作業の部分が大幅に減って、効率化された。


 ただ、取次から書店さんへ本を届けるという部分だけは、どうしても変わらない。流通の最後の部分が変わらないのは、すべての商品に言えることで、本や雑誌だけではない。35年前には、ネットで注文して届けてもらうなどということはなかった。現在は、自宅で、あるいは、どこにいても携帯電話で、それこそポチっとすれば買い物ができ、早ければ、翌日には手にすることができるようになった。このために、配送量が飛躍的に大きくなった。


 そのなかで、大型書店の出店、インターネット書店の隆盛により、全国の街の書店さんが減少。また、雑誌、書籍の流通量も減少といったことで、1冊あたりの流通単価が上がってしまった。コミックなどで、累計1000万部といったものもあるが、それでも毎年雑誌、書籍の売上は、減少を続けている。全体の売上の減少がどこまで続くのか、あるいは、どこかで止まるのかは、分からない。今の出版業界の構造であれば、1冊あたりの単価を上げていくしかないように思われる。コミック、新書、文庫などの単価は、実際かなり上がってきているが、これも、どこまで単価を上げることができるかは、読者次第である。


 本をつくる側からすると、インターネットなどの断片的情報よりも、1冊の本に纏められている情報量ははるかに多いと思っている。もちろんインターネットでも断片的ではない情報もあるだろうが。


 また積読という言葉もあるように、自分の手元に必要と思われる本を、いつでも手にとれるように置いておく、そして必要な時に読んでみるには、本というモノは、便利だと思う。小説や詩集にしても、いつか読んでみようと、手元においてある本は自分でも、けっこうある。ただ今は、そうした経済的余裕も、全体としては、なくなっているのかも知れない。とはいえ、10巻ほどで累計1000万部というのは、1巻あたり100万人の読者がいるということで、これは大変な数字だ。


 そもそも、小社などのように、ほぼ専門書の版元の場合、文庫、新書、コミック、ビジネス書など、他のジャンルの本が売れることで、その隙間でなんとか流通にのり、書店さんの棚にも残ってきていると思う。もちろん、1冊あたりの単価はかなり高額なものが多い。部数も少ないので、残念ながら大型書店さんの棚でしか、読者に手に取ってもらえることは少ない。あとは、インターネット書店で、ピンポイントで見てもらえるぐらいだろうか(アマゾンは、なぜか目次を載せなくなってしまった。目次は、かなり重要だと思うのだが)。高額な分、売れれば、取次、書店さんにとっても、利益はでやすいと思うのだが。


 流通の話にもどれば、たしかに、電子書籍というのは、書店さんや読者の手元に届けるという部分がない。すべての本が、電子化されれば、流通の問題というのは、なくなるかも知れない。しかし、現在電子書籍の売上のほとんどは、コミックということだ。他のジャンルでは、まだまだということだ。


 モノとしての本の頁をめくりながら読む、本に付箋をつけたり、線を引いたり、はたまた、頁の端を折っておいたりして印をつけておくなど、またパラパラと頁を逆戻りするなどといった、長年身についた習慣(本というものが作られて以来の身にしみこんだ習慣)からは、私たちは、そう簡単には抜け切れないのだろう。また、書店さんの棚を見てまわり、ああ、こんな本もあるんだなあ、と自分の興味の範囲を広げたり、関連書を見つけたりといった楽しみも、書店さんでしか、なかなか味わえない。


 とはいえ、小社も本の電子書籍化に遅ればせながら参加することにした。まだ数点ではあるが、徐々に点数を増やしていく予定である。結果がどうなるかは、はじめたばかりの試みなので、まったく分からない。紙の本の売上に、影響がでるのか、でないのか。あるいは、読者層を広げることができるのか。


 ただ、電子化することで、目の不自由な方々に、読み上げ機能によって、本を提供することは大変容易になった。じつは、一度つくった本を、フラットテキストで提供するのはかなりの手間暇がかかり、負担が大きい。その点、電子化していれば、そのまま利用していただけるので、こちらとしても、気軽に応じることができる。また、国会図書館ではじまった、品切れ本の電子配信から除外するためにも、紙版では増刷しづらい本を電子化することで対応できる。それだけでも、大きな一歩かもしれない。


 肝心の流通問題だが、乱暴な言い方だが、本の1冊あたりの価格を上げる、正味の改定(一律の本体価格別の段階正味)、ぐらいしかないのではないだろうか、と今のところ考えている。



出版協理事 石田俊二(三元社



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