昨年末、上村秀紀・総理大臣官邸報道室長の名前で、内閣記者会加盟社宛に、「東京新聞の特定の記者」による質問内容が「事実誤認」であり、「正確でない質問に起因するやりとり」は「内外の幅広い層の視聴者に誤った事実認識を拡散」させることで「記者会見の意義が損なわれる」ので、「当該記者による問題行為については深刻なものと捉えており、貴記者会に対して、このような問題意識の共有をお願い申し上げる」とした文書が送られた。
2月20日付け東京新聞の検証記事によれば、この「特定記者」の質問を巡っては、2017年8月から2019年1月までに、9回にのぼる申し入れを官邸から受けたという。さらに記者会見の場においても、一昨年の秋以来、この記者の質問中、進行役の報道室長によって「簡潔にお願いします」などとしばしばせかされ、質問を何度も遮られる事態に陥っているという。
同記事は、「権力が認めた『事実』。それに基づく質問でなければ受け付けないというのなら、すでに取材規制だ」「記者会見は民主主義の根幹である国民の『知る権利』に応えるための重要な機会だ。だからこそ、権力が記者の質問を妨げたり規制したりすることなどあってはならない」と訴えている。
今回の文書の直接の契機となった質問は、辺野古新基地建設に関するものだった。「埋め立ての現場では、いま赤土が広がっております」と記者がただしたことに対し、報道室長名の文書は、区域外への汚濁防止措置をとっているとして「赤土による汚濁が広がっているかのような表現は適切ではない」という。こうしたやりとりそのものは、通常の記者会見の場における質疑でなされればよく、その事実がどこに存在するかは、実際の現場の状況そのものによって明らかにされることだろう。しかし、たとえ記者が取材に基づいて明らかにした事実であっても、官邸の判断で「事実に基づかない」とされ、「事実誤認」を拡散する行為とされるなら、政府の説明を額面通りに受け取れというに等しい。そして、そういう恭順な姿勢を示さない記者を「事実」の名の下に排除することを意味する。何が事実であるかを決定するのは官邸であり、メディアは黙ってそれを受け入れよという不遜な態度だ。
これに対して記者会は、「質問を制限することはできない」と応じ、日本新聞労働組合連合(新聞労連)も2月5日、「官邸の意に沿わない記者を排除するような申し入れは、明らかに記者の質問の権利を制限し、国民の『知る権利』を狭めるもので、決して容認できない」とする抗議声明を発表した。全く当然の主張であり、私たちも言論、出版に携わるものとしてこれを支持する。
安倍政権は、一方ではマスコミ各社の幹部や論説委員などとひんぱんに会食を重ね、他方では「公正中立な報道」を繰り返し要求するといったかたちで、権力に対して批判的な報道に圧力をかけ続けてきた。今回の官邸の姿勢も、そうしたメディア支配の流れにあるものであり、「言論の自由」「報道の自由」を犯すものとして、私たちは強く抗議する。
2019年3月1日
一般社団法人日本出版者協議会
会長 水野 久
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