この媒体を読まれる方であれば、『三体』とは中国人作家、劉慈欣氏によるSF小説であることはよくご存じだと思います。中国ではシリーズ三部作で2100万部というまさにケタ違いの売上を記録し、英語版では100万部、日本では早川書房より今年の7月に出版され、発売1週間で10刷7万6千部であるとか、1カ月で10万部といったニュースを見かけます。私も事前に「ついに日本で出るゾ」と中国の出版社の方から教えてもらっていたので楽しみにしていました。
内容は古典力学である「三体問題」を題材とし、少々トンデモな設定もありますが、深い考察とイマジネーションに支えられたハードコアかつエンターテインメントなSFです。続きが早く読みたいところです。ですが、これまでヒューゴー賞やネビュラ賞といったSF賞を受賞した作品と比較して、とびぬけて画期的、とまでは思いません。いや、『三体』もヒューゴー賞を受賞しているくらいなのでもちろんとびぬけて素晴らしい作品ですが、そのほかの受賞作品も、勝るとも劣らないくらい素晴らしい作品ばかりなのです。
ここで思うことは、なぜ『三体』が特に注目を集めているのか? です。私の場合、日本の出版物も急激に売り上げを伸ばしている中国に対して、そもそも関心を抱いていたところに、信頼する知り合いから「ついに出る」とわざわざ教えてもらったこと(「ついに」と言われても、そのとき初めて作品を知ったのですが)、そして『三体』販促に使用されているポスターで個人的に大好きな小川一水さん(SF作家)が推薦していたことで、なんとしても読みたい、と期待が膨らんでいました。そのほかゲームクリエイターの小島秀夫さんやバラク・オバマさんといった著名人も推薦していますが、私の場合は小川一水さんです。
さて早く読みたいと、発売直後になじみの書店に行きました。1店目のBOOKS青いカバでは「まだ入ってきてないですね」(こちらでは当初『三体』の発売自体をご存じなかったので仕入れを事前に奨めていました)、2店目は千駄木往来堂書店「ごめん、売り切れちゃった! 部数読み間違えたかな~来週また入ってきますよ」と(翌週入荷分もすぐ売り切れ)。その後SNSで、三省堂神保町本店では『三体』の発売に合わせて「華文小説フェア」をしていると知り、3店目にしてようやく初版を手に入れました。ラスト3冊の1冊でした。ついでにフェア対象の他の中国作家のSF作品もいくつか購入。こういう、本に飢えた感じは久しぶりです。
以前も同じ中国の知人から、中国の作家の中でもノーベル文学賞に最も近い(知人談)と言われる、閻連科氏の文芸作品を紹介されたときも素直に、大変興味深く読みました。歴史や文化、特に人間の考え方や感じ方に触れたいと思った時に、その国の文芸作品を読むのはハードルが低く、親しみやすいアプローチ方法です。同様に、中国という国に関心を抱いていて、中国でベストセラーの『三体』を手に取った、という方は結構いるのではないでしょうか。「中国の人たちが今、どんなことに共感しているのか知りたい」という気持ちです。また私の場合は文化への関心のほかに、科学技術への興味もありました。SF小説はその国民の科学技術レベルや、関心の高さを示すと考えられるからです。オバマさんもそういう興味もあって読んだのではないかなと勝手に想像します。
それにしても、10万部という数字はSFのコアな読者以外の、一般層にも刺さっている証拠だと思います。中国への関心が高い証拠ではないでしょうか。今、書店さんで、SFの枠を超えた版元横断の「華文小説フェア」をやってみたら面白いと思います。少なくとも私はSF以外も片っ端から買いますので、やりますよという書店さんがあったらぜひ教えてください。
私としてはこの『三体』のヒットをきっかけに、ヒューゴー賞受賞作をはじめとしたSF小説そのものに関心が広がってほしいと願っています。SFにしか表現できない本当に素晴らしい作品ばかりです。ちなみに販促ポスターには小川一水さんのほか、やはりSF作家の藤井太洋さんの推薦文もありました。『三体』読了後は「三体ロス」「SFロス」状態となり、藤井さんの『Gene Mapper』も購読しました。やはり素晴らしい作品でした。このように、一度良い作品を読み終えると「ロス」状態となり、関連作品にどんどん手を出していくことになるので、早川さんや書店さんには引き続き関連情報の提供やフェアを実施してほしいです。
ところでもうひとつの興味は、「1週間で10刷」という数字です。私どものような芸術書の版元にとっては想像もつかない途方もない数字なのですが、一日の間の午前に重版を決め、また午後に重版を決める、ということなのでしょうか?「なんだよ! だったら午前中に言ってよ!」みたいな会話が一週間続いたのかな、などと想像してしまいましたが、機会があったら伺ってみたいところです。
出版協理事 三芳寛要(パイ インターナショナル)
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